ホーム / 専攻の紹介 / 国際インターンシップ / 2015年ドルトムント留学体験記

2015年ドルトムント留学体験記

生田 佳奈子

派遣先: Bayer Pharm AG

きっかけ

1年前のこのプログラムの一環で日本に来ていたドルトムント大生との交流会に参加した時に、英語で難なくコミュニケーションをとって、もてなしている先輩の姿に憧れました。その一方で自分は英語力が不足していて、話に入れずにもどかしさを感じました。その頃から異文化交流に興味を持ち、自分も海外での生活を体験してみたいと思うようになり、今年度このプログラムに応募しました。

職場について

Ikuta 1Bayer Pharm AG社という製薬会社に派遣され、ドルトムントから少し離れた町のBergkamenにある工場に勤務しました。部署はPowerSupplyというところで、ここではいくつかのガス、精製水、電力などのユーティリティーを工場一帯に供給する役割と、廃ガスの熱処理が主な仕事でした。私の上司はプラントの安全・安定運転とと作業の効率化を図っていて、私はその一部として新入社員向けのプラントに関する資料の作成を任されました。初めは方針が定まらないにも関わらず、上司が多忙であったために質問するのも臆していたのですが、他の方に相談するとアポイントメントの取り方を教えてくれ、積極的にディスカッションをしたり、必要があればプラント内に見学を頼んだりできるようになり、仕事が捗るようになりました。任された資料はドイツ語で書くべきところでしたが、私はドイツ語ができないために英語で完成させるにとどまりましたが、今後の基となる良い仕事をしてくれたと褒めていただき、自分も部署の一員として仕事を果せたということに達成感を覚えました。また職場は会議が多いこともあり、活気のある和気あいあいとした雰囲気でした。私に対してもフレンドリーに接してくれたために、仕事に対する姿勢からプライベートの話まで、幅広い話ができて毎日が新鮮でした。

生活

Ikuta 2滞在先はBergkamenに住む80代の夫婦のお宅でした。彼らは英語を話せず、ドイツ語の単語と手振り身振りを交えてなんとかコミュニケーションができる程度でした。しかし、私のことを娘のようだと言って可愛がってくれ、天気の心配をして雨具を持たせてくれたり、仕事後にビールを差し入れてくれたり、いろいろと面倒を見てくれました。旅行にも連れて行ってくれたのですが、ドイツの高速は速度制限がないらしく、高齢の旦那さんが当たり前のように200km近くの速度で飛ばしていたのはスリリングでした。しかも飲酒運転の基準が甘く、飲酒後でも運転すると聞きひやひやしました。

平日は、やはり慣れない言語で生活するのはとても体力を費やし、帰宅し炊事をした後は、睡魔に襲われすぐに寝付くという習慣でしたが、休日はせっかくの機会なので毎週末必ず旅行しようと決めていて、今思うと休む間もなく、かなりアクティブな二か月間を過ごしました。初めは電車の乗り方やレストランの注文方法など新しい環境に右往左往しました。特に電車の遅延は多くて、旅行帰りに最寄り駅までの電車がなくなるなどという日本では考えられないようなトラブルにも合いました。そんな環境の中で、慌てることなく人に尋ねながら、なんとか解決策を見つけられるようになり、最後には自信につながりました。

旅先では街並み、料理などその土地ごとに特徴がありどこに行くのも楽しかったです。またドイツの夏は日本の夏に比べてとても涼しいので、街を探索したり、レストランのテラスでビールを飲んだりして過ごすのも快適でとても満喫できました。

最後に

海外での体験を通して自分自身についてや、さらには自国のことについても見つめ直すきっかけになりました。今回だけの経験に終わらせることなく、視野を広く持っていくことで今後の財産にしていきたいと思っています。

本プログラム参加にあたって、準備をしていただき、親身に対応してくださった松坂先生、秘書の吉本さん、ドルトムント大学のカーツェル先生をはじめ、支えてくださったすべての方々に感謝いたします。ありがとうございました。

殊井 亮太郎

派遣先: Covestro AG

動機

異文化で生活する人の文化や価値観に興味がったことに加え,海外での経験を学生のうちから積んでおきたいと思い応募しました。また,学業に支障を来さないこと,奨学金が給付されることも魅力的でした。

研修

kotoi 1LeverkusenにあるCovestro (本年 Bayer Material Science から分社化) という化学メーカーに派遣され、ホログラムフィルムの性能評価に取り組みました。光有機化学という専門とは異なる分野での研究でしたが,上司や研究補助員の方々に丁寧に指導してもらい,研究にはスムーズに取り組むことができました。また,ラボが共有であるため,補助員の方々とスケジュールを調整する必要が生じました。当初はインターン生であることを理由に,実験機会を譲ってばかりで研究の進捗が悪かったのですが,臆することなく自分の要望・意見をしっかり伝えることで,相手の方も親切に協力してくださり,研究のスピードも大いに向上しました。ラボの抱える課題に他の研究員の方と同様に研究させていただいたこと,日々真剣にディスカッションを重ねてくださったこと,また,友達のように可愛がってくださったりと,ラボの皆がチームの一員として接してくれてることを強く実感しました。最後の社内プレゼンは,決して上出来とは言い難いものでしたが,成果を褒めていただいたことは自信になりました。

生活

ケルン大学の学生寮に2ヵ月間滞在していました。親切でフレンドリーな学生が多く,たわいない会話を楽しんだり,いろいろと助けてもらいました。部屋から閉め出された時は,同期の和田君含め,寮の人が親身になって助けてくださり,野宿を避けることができました。また,何気なくやっていることや,曖昧な表現をすることで相手に誤解を与えてしまうこともあり,常識や感覚が通じないストレス・難しさを,改めて痛感したこともありました。円滑なコミュニケーションのためには,ものごとをはっきりと伝えること,”異なること”に柔軟に対応することが大事だと思いました。

平日は,通勤時間が2時間弱ということもあり,仕事と食事,家事で1日が終わる日々でした。おかげで,規則正しい生活リズムを身につけることができ,帰国してからも依然と比べ元気になりました。週末は主に,ドイツ国内を観光していました。中でも特に,サッカー観戦は楽しかったです。ボルシア・ドルトムントのレギュラーである香川選手の活躍をゴール裏から見ることができ感激しました。電車の遅延や,お店のルールがわからなかったりと,不便を感じることも多く苦労しましたが,徐々にそのようなことにも慣れ,帰国する頃にはドイツでの生活がとても名残惜しく感じました。

最後に

異文化で実際に暮らすことで得られる経験や刺激は,想像以上のものでした。自分を改めて見直すことができ,将来につながる大きなモチベーションを得ることができました。貴重な機会を与えてくださった,本インターンに関わる全ての方々に深く感謝いたします。今後もこのプログラムが続くことを切に願います。

辻 赳士

派遣先: ATEX Explosionsschutz GmbH

動機

もともとドイツの哲学者であるニーチェやカントに興味があり、1回生の頃からドイツに行ってみたいと思い第二言語でもドイツ語を選択していた。インターンシップについては後でその存在を知ったが、棚から牡丹餅だと思い参加した。

研修

Tsuji 1私は、ドルトムントより電車で1時間程離れたSoestという町からさらにバスで約15分のところにあるATEX Explosionsschutz GmbHという会社に派遣された。この会社は爆発防護に関する会社で、爆発防護についての勉強をさせていただいた。上司(CEO)が多忙であったこと、研修先の敷地内で難民を受け入れるために一部実験設備を他の工場に移動させていたことなどが重なり、何か新しい研究をするといったことはなく、残存する設備を用いて爆発防護に関する基礎的な知識を学習するに留まった。日本では爆発防護に関する知識や技術があまり普及していないとのことなので、基本的ではあったが有益な勉強が出来たと思う。また、帰国してからは粉体工業展大阪2015に参加し、社員の一人としてATEX製品の説明を手伝わせていただいた。

Tsuji 2語学力という点では、海外に行くことで成長するというよりは、海外にいることで必要に駆られ勉強するので成長するという方が正確であるように思う。そのように考えると、2ヶ月程度の海外滞在で得られる語学力の成長は、日本で集中して勉強することでより短時間で達成できる可能性も十分にあるのではないかと思う。

生活

Tsuji 3私が滞在したのは会社から徒歩30秒にある社宅で、とても広く、備え付けの家具も充実していたため日本より快適な居住空間であった。難点は、会社から一番近い町Soestまで1時間に1本、片道15分のバスを乗らなければいけないことであった。近場に飲食物を買えるところがなかったので、週に1度はまとめ買いをし、社宅で自炊という日々であった。都会に住んでいる人と違い、終バスが早く平日にあまり飲みに行けないのが辛いところであったが、社宅ではほぼ毎日飲んでいた。

Tsuji 4週末は、毎週金曜日から泊まりで旅行した。インターンシップが始まる前に決めたノルマとして、「訪れた各地で知らない人とできるだけ話す」というのを設けていた。それを免罪符に、旅行先ではさまざまなバーやクラブに行き、金曜日、土曜日はほぼ毎週朝5時まで飲み明かした。結果として、現地で仲良くなった人の家にいったり、ご飯やお酒をご馳走になったりと、充実した余暇を過ごすことができた。加えて、一緒にドルトムントに行った同期にも恵まれていたため、旅行はなおさら楽しかった。

おわりに

このプログラムに参加することで将来の可能性が広がったかといえばそうではなかった。むしろ、自分に残された選択肢がどれだけ少ないかを実感した。時が過ぎるにつれてこれらの選択肢がさらに少なくなっていくと思うので、これ以上の後悔をしないためにも今後は尽力を惜しんではならないと思った。最後になりますが、このような有意義な機会を与えてくださった本プログラムの関係者の方々に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。

正木 理恵

派遣先: ATEX Explosionsschutz GmbH

動機

海外で生活することに興味があり、2回生のコース配属時から漠然とこのプログラムに魅力を感じ、参加したいと思っていました。英語力のない自分が海外でまともに働けるのかとても不安でしたが、将来海外で働くこともあるだろうと考え、学生のうちに海外で働くという体験をしておきたいと思いこのプログラムに応募しました。

インターンシップ

私は辻君と同じく、MöhneseeにあるATEX Explosionsschutz GmbHという爆発防護を専門とする会社でインターンシップを行いました。具体的には、生産工程においての爆発の予防や、爆発が起きた際の被害を最小限に抑えるための機器を、製造・販売している会社です。爆発が起きる条件を調べるための実験等も行っており、当初は実験に関われる予定だったのですが、このインターンシップ期間中に実験に関わることはできませんでした。というのも、ちょうどドイツに多くの難民が押し寄せている時期であり、政府からの要望でこの会社が数千人の難民を急遽受け入れることになったため、難民の居住施設を作るために実験サイトの移動をしている最中だったからです。実験をできなかったことは非常に残念ですが、社長直々に爆発防護に関するプレゼンをしていただいたり、議論したり、専門書や条例に関する本を読んだりと、ドイツに行くまではあまり馴染みのない分野でしたが、爆発防護の知識を深めることができました。

生活

Masaki 1

研修中は会社の敷地内にあるアパートで暮らしました。このアパートは私が働いていたオフィスから徒歩30秒程の所にあるため、通勤は非常に楽でした。会社は8時から16時半までで、その上アパートも近かったため、平日の夕方以降は時間がたっぷりとあったのですが、会社の周りには緑しかなく、最寄りの駅までバスで15分、その上バスが1時間に1本で最終のバスが9時とお世辞にも便利とは言えない場所に住んでいたため、平日は隣に住んでいた辻君と自炊をしながら、週末の予定を立てたり、会社の人と近くの湖でランニングしたりして過ごしました。もちろん自炊ばかりではなく、週に1日ぐらいは駅周辺でご飯を食べたり、街を探索したりもしました(食料を蓄えにスーパーに行くついでですが)。ドイツは、ビールの種類が豊富なのはもちろん、ハムやソーセージ、モッツアレラチーズも安く、これらがより一層自炊生活を充実したものにしてくれました。

週末はベルリン、ミュンヘン、ケルン等の大きい都市から小さい町まで、ドイツ14カ所を観光しました。14カ所どの町にも独自の料理やビールがあったので、どこに行くにも新鮮でした。総じてドイツは素敵なところでしたが、電車の遅延には何度も困らされました。ドイツに行く方は、余裕を持って電車に乗ることをお勧めします。

Masaki 2  Masaki 3

最後に

海外で生活を通して、旅行に来ただけでは味わうことのできない文化の違いを学べただけでなく、新しい環境に飛び込むことを成長のチャンスだと捉えるようになりました。この素晴らしい経験は今後必ず役に立つと思います。学生のみなさん、立ち止まっていても何も変わらないので、少しでも興味のある方はぜひ応募してみてください。

最後になりますが、このような素晴らしい機会を与えてくださった本プログラムに関わる皆様に感謝いたします。ありがとうございました。

毛利 謙司

派遣先: BASF Personal Cara and Nutrition

動機

海外での生活や海外企業で働くことに興味があったためこのインターンシップに応募しました。また、二カ月間にも及ぶ長期インターンシップは日系企業ではほとんど経験できないため、このインターンシップに非常に魅力を感じました。

研修内容

化学メーカーであるBASFのグループ会社(BASF Personal Cara and Nutrition)に配属され、エステル交換反応を扱うチームの一員として、液液二相系の物質移動係数の計算とマイクロリアクタを用いた実験を行いました。物質移動係数の計算においては、水相と油相の両相の拡散と反応を表す連立微分方程式を解くというシンプルなモデルを用いて、実験値と同程度のオーダーの値が得られるか検討していました。シミュレーションと並行して行っていた実験では、実験装置の組み立て及び装置の試運転からデータの測定・分析にいたるすべての工程をテクニカルスタッフや上司と協力して行いました。マイクロリアクタを用いた実験は会社としても初の試みであったため、試運転を完了しデータの測定が可能になるまでに6週間を要してしまい当初予定していたすべてのデータを測定することはできませんでした。とは言っても、試運転の際に発覚した装置の設計ミスへの対応の一環で他社から断熱材のカタログを取り寄せたり、触媒濃度の決定をするために他部署のプラントエンジニアに連絡を取ったりといったような経験は、大学でコンピュータシミュレーションに従事している私にとっては非常に貴重な経験となりました。

社内は非常にフレンドリーな雰囲気で、毎日楽しく仕事をすることができました。私が所属していた部署は毎日部署のメンバー全員で昼食を食べるのですが、そのときの他愛ない会話がおもしろかったのと社食が感動的においしかったため、ランチタイムが一日の中で最も楽しい時間でした。また、仕事が終わった後にチームのメンバーと大雨の中ピクニックに出かけたり、月に一回のチームイベントとしてカヌーで川下りをしたこともありました。

ドイツでの生活

Mohri 1私はデュッセルドルフにあるハインリヒ・ハイネ大学の学生寮に住んでいました。デュッセルドルフの中心地まで電車で15分、会社まで電車と徒歩で20分程度と非常によい立地でした。平日は朝7時頃に出勤し14時までテクニカルスタッフと一緒に実験を行い、14時からは文献調査やシミュレーションなどといった一人でできる仕事をしていました。毎日17時に上司とその日の進捗に関してディスカッションを行い、上司と一緒に会社の最寄り駅まで帰るのが私の日課でした。忙しい時期であっても、遅くとも19時頃には寮に戻っていました。夕食は友人とデュッセルドルフの日本食レストランに行ったり、一人でラーメンやピザを食べに行ったりしていました。結局、2カ月間のドイツ生活のなかで自炊らしきことは一度もしませんでした。

休日は基本的にドイツ各地を旅行していました。サッカー観戦をしたり博物館を訪れたりとドイツを満喫しました。旅先では多くの現地人や外国人旅行者と出会いいろいろな文化に触れることができました。また、私が住んでいたデュッセルドルフにはヨーロッパで最大の日本人街があり、多くの日本人の方々と仲良くなることができました。彼らに誘われて、日本人主催のイベントなどに参加したのもよい思い出です。

最後に

本プログラムによる2カ月間のインターンシップを通して、一生の財産になるような経験を積むことができました。もしこのプログラムに少しでも興味がある4回生はまずは周りにいる過去の参加者に話を聞いてみることを強くおすすめします。話を聞いたり写真を見せてもらったりしている間に、きっと応募の意思が固まってくるはずです。最後になりましたが、松坂先生をはじめとするこのプログラムに関係するすべての方々に感謝しています。この経験を今後に生かすことをもって御礼とさせていただきます。

和田 大樹

派遣先: Covestro AG

参加のきっかけ

2回生のコース配属説明会や化工通信で、化学工学専攻(化学プロセス工学コース)に進むとドイツでのインターンシップに参加できる可能性があるということを知り、参加された方々の体験記を読んで以来、日本とは全く異なる環境に身をおくことができる、このインターンシップに興味を持ち、参加したいと考えていました。

研修

私は殊井くんと同じレヴァークーゼンにあるCovestro (元Bayer Material Science)という化学メーカーに派遣され、そこでホログラムフィルムの製造に用いられる塗料と開始剤の評価方法に関する研究に取り組みました。配属された当初はイタリア人の上司と塗布に関する研究に取り組んでいたのですが、Bayer社が9月からBayer Material ScienceをCovestroとして分社化したことによる人事異動の影響もあり、そのイタリア人上司が非常に忙しくなってしまったため、ある日本人の上司と上記の研究に取り組むことになりました。同じホログラムグループに所属している同僚たちとはほぼ毎日、一緒に昼食を食べに出かけ、週末の旅行の予定や日本とドイツの文化の違いについて楽しく話していました。直属の上司が日本人であるため、研究に関するやり取りは日本語で行っていたのですが、日本語に対する甘えもあったためか、かえってうまくコミュニケーションを取ることができず、当初は苦労しましたが、自分の考えをよりはっきりと伝えることで改善することができました。

ドイツでの生活について

私が滞在したのは世界遺産の大聖堂が有名なケルンという街にある、殊井くんと同じ学生寮でした。ケルン大学の学生が50人程度住んでおり、ガーナやアゼルバイジャンなど様々な国から来た学生たちと英語を使って仲良く交流することができ、英語という言語の偉大さ・重要さをより強く認識しました。平日は朝7時頃に学生寮を出て片道1時間半程度かけて通勤し18時頃に退社した後、帰り道で夕食を食べて帰るという毎日を過ごしていました。週末は毎週、特急列車で旅行に出かけ、主にベートーベンやブラームス、バッハなどドイツの音楽家やゲーテやシラーなどの文学者に関連する史跡巡りをしていました。レストランで一人食事をしていると声をかけてくれる人が多かったです。日本は森林が多いとよく言われていますが、体感的にはドイツは日本以上に森林が多いように感じ、こういった史跡巡りも通じながら、森林と音楽の国と呼ばれている所以を肌で感じることができました。また、ドイツ人は日本という国そのものに興味を持ってくれている人が多く、「将軍って何?」「北野天満宮って何?」と質問してくれたりもしましたが、Top of samurai !やShrine of a famous person.などと答えるのがやっとで、日本の歴史や文化についての自分の無知さを感じました。英語が話せるようになることももちろん重要ですが、自分の国の歴史や文化についてある程度知っておくこともとても大切なことなんだなと思いました。

私個人の経験で言えば、ドイツでの生活・旅行等を通じて最も身についたのは「度胸」だと思います。私がドイツに滞在していた期間はシリアからの難民問題でヨーロッパ全体がその対策に追われていたため、難民問題がある程度下火になるまでは、事前にお金を払って予約していた特急列車が何の連絡もなく当日になって突然キャンセルになるといったことがありました。こういった非常事態であっても、何とか自分なりに対処しなければこういった海外の国々では生きていくことができませんが、「死にはしないし、何とかなるだろう。」と腹をくくって物事に立ち向かうという度胸をこのインターンシップで身につけることができたのではないかと思います。

最後に

日本国内では絶対に経験することにできない環境に身を置くことで、今までの自分の日々の過ごし方や自分の将来について改めて考えることができました。様々な面でサポートしていただいた松坂教授、吉本秘書、Kerzel先生、ドルトムント工科大学の学生さん、また快く送り出してくださった中川先生、本当にありがとうございました。このプログラムに参加することができ、本当に良かったです。